株式会社アンカーマン
どのようにすれば今までの延長線上にない未来を創れるだろうか?
牧野: このコロナ禍は酒造業界にとって前代未聞の大打撃でした。打開策の一つとして社員の意識改革をすることを目的に、和田さんの会社に経営相談をする中で「すごい会議」を試したいと思ったのがきっかけです。
牧野: コロナ禍の危機的な落ち込みに対応しようと、WEBやSNSの活用など、試したことのない領域にチャレンジしようとしたものの、任せられる人間が社内にいないと気づいたんです。会社の非常事態にもかかわらず、“ひとごと”のように捉えている社員がいることに、愕然としました。
これまで会社のことは、全て私が考え、ここまでやってきました。
社内に“経営者目線の人間が何人いるか”が“=会社の強さ”という意識はありましたが、理想には遠く及ばず、私一人で会社を引っ張る状態。それでも毎年数%ずつ前進できていたからよかったものの、コロナ禍の急激な落ち込みには到底太刀打ちできません。
この難局を乗り越えるには、今ある資産をフル活用しなければ。後回しにしていた社員の意識改革に本気で取り組むべき時でした。
牧野: いざ試してみて「やばい」と思いましたね(笑)。私としては、一人ひとりが責任感を持ち、率先して働く職場にしたくて社員の声に耳を傾けてきたつもりでしたが、彼らの“本音”を聞き取れていたわけではなかったと、この会議で知ったんです。
どうすれば全ての社員が仕事を“自分ごと”と捉え、責任を持って働いてくれるようになるか。今までの延長線上の取り組みではなく、ノウハウを知っている人に頼み、新たなチャレンジをする以外にない。賭けるような気持ちで導入を決めました。
牧野:この会議は「会社をより良くするために、日頃は言いにくいような会社の悪いことも自由に発言できる場」と社員に周知し、自由参加でメンバーを募りました。手を挙げてくれた社員は、会社を「なんとかしたい」と思ってくれる心強いメンバーばかり。
初めてのことに不安はありましたが、初日の数時間で知らなかった社員の本音が見え始め、密接に意思疎通できる感覚がありました。
“どうなるかわからないけれど、やったことのないことをやるしかない”
社員と「一緒にやろう」という連帯感が生まれ、“ひとり”ではない未来に希望が見えました。
和田:コーチの立場からは、実はプロジェクト初日から、既にうまくいく予感がしていたんです。それはメンバーの皆さんが「主張する」というモードに変わっていったから。
知識や経験の差はあっても、メンバーが専務に遠慮することなく未来に向けた会話ができている。いいチームになると思いました。
牧野:目標が高いからこそ、多くのチャレンジができた実感があります。ただ高いがゆえに現実離れしてしまった点もあったので、今年はそれを踏まえた私たちなりの最適目標を目指しています。
そもそも以前は、数字を目標に掲げることも、営業担当以外に売上状況を詳しく伝えることもしていなかったんです。特に理由はないのですが、「まあまあ良い調子」とか「今のところ去年より10%くらい悪い」とか、曖昧に(笑)。
そこを敢えて明確な数字で伝えることで、社員がゴールを意識し、経営視点からも仕事を捉えてくれるようになったのは、一つの効果かもしれません。
和田:一般的に、酒蔵さんでは社内に数字を公表しないところも多いですよね。ですが、公表した上でメンバー全員で年間目標を立てたからこそ、「達成したい!」となる。手間のかかる取り組みもチャレンジも、ゴールへの距離感が可視化されてこそエンジンがかかります。
牧野:伝統があっても“新しいことをしなければ続かない”と思っているので、これまでも新たな挑戦はしていたんです。ただ私一人で進めるには限界があり、何か一つの要素が足りずにうまく表に出せない、売れないといった状態が続いていました。
そこを今回「すごい会議」でチームとして動けるようになったことで、インプットとアウトプットがスムーズに流れ始めた気がします。
SNSは担当を決めて実施していますし、クラウドファンディングにも挑戦し、創業330年の記念酒も販売しました。膨大な労力がかかるため、背中を押されなければ踏み切れなかった試みですが、想像以上に反響もあり、目標額の307%を達成。お客様に良いものをお届けできた自信があります。
他にも、新商品開発や営業先の新規開拓、関東信越国税局酒類鑑評会での2年連続最優秀賞受賞など、チャレンジし続けた1年にふさわしい結果が出ました。
牧野:日本酒の可能性を拡げたいという思いがあり、2018年から「macho(マッチョ)」という新商品を出しています。今回は「売上をどう伸ばすか」と向き合う中で、“第二のmacho”となる人気商品をつくるのが目的でした。
そこで生まれたのが「SAKE DI PASTA(サケディパスタ)」です。地元高崎の名物がパスタなので「パスタ専用の日本酒」をつくり、新たな日本酒の魅力を伝えようという企画を、商品開発の主担当になった社員が考え、提案してくれました。
100%社員発信で商品化したのは初めてですし、酒造として地域に根ざした活動ができるのは何よりの幸せです。話題性から、地元新聞などのメディアにも多数取り上げられてPR にもなり、こういった活動の重要性も改めて感じました。
和田:商品の完成後は、「どのようにすればSAKE DI PASTAが売れるか」という問題解決でさまざまなアイデアが出ました。
この問題解決は今後も続けていく必要がありますが、“コミットして問題解決にチャレンジする”、バッターボックスに立ってひたすらスイングする、という文脈がみなさんの中に根付いたことに、価値があると思っています。
牧野:業界的な特徴なのか、“良いものをつくれば自然とお声がかかる”という思いが根底にありました。そのうえで評価されるものをつくってきた自負はあるので、営業に関しては受け身でいたんです。
でも目標を達成するには、新規顧客の開拓も必要。そこで酒販店さんに一通一通、手紙を書くことから始めてみると、意外にも反応があり「機会は拡がるんだ」という驚きと、「やはりうちの酒を欲しがってくれるお客さんは全国にたくさんいる」という、うれしい手応えを感じました。
コロナ禍で、日本酒業界の平均売上は前年比2割以上も減収しているなか、「すごい会議」を始めてうちが1割盛り返せたのは、新規開拓が売上に直結した証拠ですね。
牧野:社員が自分で考えて行動してくれるようになり、私の負担が非常に軽くなったことです。
以前は会社や商品、社員の様子などを気にかけては抱え込み、一人でパンク寸前だったのが、今は社員に相談できますし、リクエストにも応えてくれます。
ストレスが減った分、仕事のクオリティが大幅に上がり、新たなアイデアにも取り組める。この循環が連続受賞にもつながったと思っています。
牧野:“信頼関係”なのかな。これまでは経営者と社員、それぞれの立場で気を遣うからこそ、言いにくいこともあったはずです。でも本当は“口に出して言ってもらってもいいんだ”と。本音で会話ができるようになり、お互いにコミュニケーションしやすくなったんでしょうね。
きっかけは、会議で会社の(あるいは自分の)「ひどい真実」を口にしたことかもしれません。
和田:「ひどい真実」を挙げることで「それって言っていいんだ!」「専務もそう思っていたんですね!」と心の距離がグッと近くなり、心理的安全性の高い組織への一歩が踏み出せます。
前半こそ、遠慮や気遣いから“当たり障りのないコミュニケーション”が多く見られましたが、「ひどい真実」を口にしてからは“ちゃんと主張する”あり方へ進化しましたね。
“差し障りのある会話”にこそ組織の金脈があるのは一つの真実なんです。
牧野:かなり刺激的で、劇的な変化をもたらすものでした。新しい挑戦へのストレスはありましたが、絶妙な負荷があってこそ成長できるのも事実。和田さんがコーチとして外部からの視点をくれるので、自社の現在地もわかります。
「やる」と言った以上は私がしっかりしなければと身が引き締まりましたが、一人でなく、みんなの「やろう!」があるので頑張れます。
社員は以前よりも仕事に面白みを感じてくれていて、一人ひとりが「自分に責任が100%ある」と考える、頼りがいのあるチームもできました。とにかく刺激的な一年だったというひとことに尽きます。
牧野:創業330年というのは、同じことをしていては続かないんです。時代の変化に合わせて変わり続ける必要がある。続けるために、攻めのチャレンジを続けていきます。
「すごい会議」の1年は、良い土壌をつくり次につなげる1年だったので、来期以降にさらに目に見える結果が表れるはず。
家業として酒蔵を守る責任はありますが、私は日本酒が好きで、好きなものをつくっているので純粋に楽しいんです。日本酒の既成概念や価値観を変えるような新しいものを生み出し、市場価値をさらに高める挑戦をし続けたいですね。